久保田沙耶 「骨を漕ぐ」

    『泳椿 TO ROW THE CAMELLIA』(部分) 2025 キャンバス、油彩 53×45.5cm @Saya KUBOTA


    ギャラリー桜林では3月20日(木・祝)より、『久保田沙耶展 骨を漕ぐTo Row the Bone』を開催致します。現代美術家・随筆家久保田沙耶は1987年茨城県土浦市生まれ。兵庫、宮城、鳥取、東京などを拠点に活動しております。本展「久保田沙耶展 骨を漕ぐTo Row the Bone」は、地元で開催される初めての大規模な個展となります。久保田は、日々の何気ない光景や人との出会いによって生まれる記憶と言葉あるいは痕跡、それらを組み合わせることで生まれる新しいイメージやかたちを中心に、平面や立体作品、インスタレーションなどを、様々なメディアを駆使しながら制作を続けています。

    その中でも、瀬戶内国際芸術祭2013で発表された「漂流郵便局」は、届け先の分からないモノ、コト、ヒトに宛てた手紙を預かるアートプロジェクトを発表し、使用されていなかった旧粟島郵便局を現代アートとして甦らせ、その後ドラマにも登場するなど大きな反響が続いています。また2017年から5年間毎年鳥取県倉吉へ通い滞在制作を行い、その地域の歴史や文化からインスパイアされた作品展「砂と泉」を発表、2024年には神戶市北野町にある建築家・安藤忠雄の「初期の名作」と呼ばれるRoseGardenにてインスタレーションや、俳優・ダンサー森山未來氏とのパフォーマンスを開催し話題を呼びました。

    本展の展覧会タイトルにある《漕ぐ》とは、「舟や乗り物を進める」の他に「(深い雪や藪、ぬかるみを)かき分けて道を開くように進む」という意味があります。この言葉は日本特有の文化で身体的動作と状況から生まれたとされる比喩的表現としても用いられています。久保田はステートメントにもある様に、絵画制作にあたり、子供時代の記憶を呼び起こしながら肩から腕、腰や膝など全身のストロークで表現を行い、粟島での体験以降、砂浜や砂丘の砂や石、土にその地の想いを巡らせます。更に2021年より拠点としている東日本大震災で甚大な被害にあった宮城県亘理町わたりちょう
    、津波災害警戒区域での創作活動が本展で発表される最新のエッセイや作品群に大きく影響をもたらしています。また今回では育った地元や神社境内のフィールドワークを重ね、過去の存在や記憶、そこにあった命や流れた血、骨そして渦巻く人の感情が込められました。

    新作として、倉吉でも描かれた油彩画の赤いツバキや珍しいモノクロの作品を発表する他に、痕跡や記憶を閉じ込めた砂浜の砂を用いた砂時計やガラス作品のシリーズ、また会場となる神社境内の砂を用いたインスタレーションも発表いたします。過去や未来へかき分け、漕ぎ出す久保田の作品から共鳴するものがあれば幸いです。


    骨を漕ぐ 
    To Row the Bone

    床に赤く光るものがあった。なくしたガーネットのネックレスを思い出して手を伸ばすと、飼っている文鳥の血の雫だった。急いで病院に連れていく。半透明な膜から滲む鮮やかな血色で甘いさくらんぼのようだった嘴や脚も、果実の熟れる前の真っ白さにもどっている。「明日死ぬかもしれない」、入院の手続きを済ませ家に帰る。風のあけくれの部屋は疲れたものの影ばかり、窓の外のカラスもだまって飛んでいった。今日も暴風注意警報。山と海の間にあるこのアパートはありとあらゆるものの通過点で、さっきはビニール袋さえ横切った。やるべき仕事をそのままに、流れる風に押されたつもりで海のほうへ出た。「鳥の海」と呼ばれる汽水湖では、ヒヨドリもセキレイもシラサギも夢中になって足下をつついている。土と砂、淡水と海水のあいだの生々しくむせかえる干潟の匂いで今朝の澱んだ血がよみがえる。息が詰まって上を向く。空高く風のサーフィンを楽しむウミネコ。高いところはいいな。干潟の向こうに5階建てのホテルが見える。あまりに近所で泊まることなど考えたこともなかった。スマートフォンで検索、オフシーズン価格、勢いで予約する。薄暗い駐車場から見えるのは空と防潮堤と芝生だけ、このあたりから海を見たことは一度もない。チェックインを済ませエレベーターに乗り301号室に入る。波の音さえ聞こえない真っ黒な窓の無機質さに、動物病院にあった保温機を思い出す。機械の中で、文鳥は肩で息をしながら針金のような脚で前後に揺れる体を止まり木にくくりつけている。セグメントディスプレイの白く光る角ばった数字が鋭く目に突き刺さる。器内温31.0℃。防潮堤7.2m。いま文鳥と私の生存に必要とされる数字。

    「防潮堤の上に海が乗っかっている」

    朝日で目が覚め、窓から見えた景色だった。嬉しくなって裸足のまんまベランダに出た。鳥が背後から海をめがけて飛んでいく。私の目は今あの鳥の目と同じ高さに在るのだ。追いかけるようにしてホテルを出て防潮堤をかけのぼる。荒ぶる波の潮と風に舞う砂とが煙立ち、海と陸が溶け合っていた。きれい。おもわず深呼吸をする。波飛沫と砂埃。生きるも死ぬも一緒くたになったいのちの味が体じゅうに流れ込み、咳となって散らばった。そのとき私は少しだけ自分の命が軽くなったような気楽さを得た。この世の土と血の巡りを忘れて、砂と骨の巡りを想う。文鳥のレントゲンはただただ美しかった。それはよろこびもかなしみも及ばない一つ所にある実感だった。むかしここにあった木造船とそっくりな雲が、14年前に山へ引っ越した船大工の家の方へ鳥と一緒に渡っていった。

    家に帰っていつもより大きいキャンバスに向き合ってみる。指のストローク、手首のストローク、肘のストローク。それぞれの事情でうねる線が一斉に交わるわずかな時間のたしかな証拠。背が低かった中学時代、実家のカーペットを汚しながら体ぜんぶをつかって描いた50号。肩のストローク、腰のストローク、膝のストローク。おぼつかない線たちのこんなにもゆるぎないかたち。そうだ、いまわたしは春を迎えにいく途中。湿った肌を忘れて乾いた骨を漕いで描けば、向こうからなつかしい故郷がやってくる。

    個展「骨を漕ぐ To Row the Bone」に寄せて
    2025年3月 久保田沙耶


    ◎久保田沙耶 Saya KUBOTA
    1987年 茨城県生まれ / 幼少期を香港で過ごす
    茗溪学園中学校高等学校卒業
    筑波大学芸術専門学群構成専攻総合造形卒業
    東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画修士課程修了
    City & Guilds Of London Art School留学( research residency artist)?
    東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻油画研究領域修了

    主な個展
    2015  “鹿を歯医者に連れて行く” / Island MEDIUM(東京)?
    2016  “Material Witness” / 日英大和基金(UK)
    2016  “Missing Post Office UK” / IKON Gallery(UK)
    2017 “私の目には涙がこぼれる”/LUMINE MEETS ARTショーウィンドウ内(東京)
    2018 “Time Burns”/AISHO NANZUKA(香港)
    2018  ”根の国A/B”/資生堂、SHISEIDO THE TABLES(東京)
    2021  ”WORK IN PROGRESS FOREVER”「とめどないかたち」/板室温泉大黒屋サロン(栃木)
    2022  ”すきまのあるじ HoWORK IN PROGRESS FOREVER”「とめどないかたち」/板室温泉大黒屋サロン(栃木)
    2019 “コレデ堂”/明倫AIR(鳥取)
    2020 “ひとはなんていうの”/HARMAS GALLERY(東京)
    2021  ”観音さまの思い込み”/倉吉博物館(鳥取)
    2021  ”WOKR IN PROGRESS FOREVER”「とめどないかたち」/板室温泉大黒屋サロン(栃木)
    2021  ”肌をよむ”/SYP Gallery(東京)
    2022  ”表現のようなもの” by「のようなもの(久保田沙耶×悠によるアートユニット)」/金沢水琴窟(石川)
    2023  ”おうとつのゆくえ”/ ROSE GARDEN ( 兵庫/神戸)
    2023  ”もぬけの城 Shed skin of life”/ Gallery Yu Harada (東京)
    2023 “北野光遊浴”/神戸市北野地区(兵庫)
    2024 “砂と泉”/アート格納庫M (鳥取/倉吉)
    2024 “すきまのあるじ”/ iwao gallery(東京)

    現行プロジェクト
    2013- 「漂流郵便局」/(香川)
    2016- 「Missing Post Office UK」/日英大和基金(ロンドン)
    2018- 「コレデ堂」/倉吉明倫地区(鳥取)

    主なグループ展
    2013  Art Basel Hong Kong 2013 / AISHO MIURA ARTS(香港)
    2013  瀬戸内国際芸術祭2013 / (粟島)
    2016 LUMINE MEETS ART/新宿LUMINE(東京)
    2018  TURN フェス4 日常非日常/東京都美術館(東京)
    2018  The Size of Thoughts /White Conduit Projects(UK)
    2019 「TURN –ときをかさねる」/みずのき美術館(京都)
    2019  ものと祈り/倉吉博物館(鳥取)
    2020  DELTA Experiment / Tezukayama gallery (大阪
    2021  視線のあらわれ / HARMAS GALLERY(東京)
    2022  表現のようなもの(悠×久保田沙耶) / 水琴窟(金沢)
    2022  信像(久保田沙耶×今野健太) / HARMAS GALLERY(東京)
    2022  つくばアートサイクル/つくば市美術館(茨城)
    2022  感性の遊び場/ANB Tokyo(東京)
    2023  Kobe Re: Public Art Project / KIITOほか(神戸)

    パブリック・コレクション?Friedrich Flick Collection

    著書
    2014 「漂流郵便局」久保田沙耶著(小学館)
    2016 「かのひと」作:菅原敏 絵:久保田沙耶(東京新聞出版社)
    2020  「漂流郵便局 お母さんへ」久保田沙耶著(小学館)

    Video

    https://www.youtube.com/watch?v=j3Q0Wn1UZcg

    https://www.youtube.com/watch?v=mxnKxC9TTIw

    イベント詳細

    イベント名久保田沙耶 「骨を漕ぐ」
    日程 -
    開催場所ギャラリー桜林
    住所
    309-1634 茨城県笠間市福原2001 常陸国出雲大社 桜林館1F
    https://maps.app.goo.gl/VEMZ8i1yXVVejUnx7
    開園時間 10:00 〜 16:00
    休館日月曜日、火曜日、水曜日 4月13日、5月1日・8日・9日・15日は休廊 4月29日、5月5日・6日は開廊
    入場料無料
    URL https://izumotaisha.or.jp/gallery/